女性にとっての‘子宮’とは?
私は以前に自身のブログ記事「生理痛~子宮内膜や卵胞の嘆き」で記しましたが、例えば看護学校の学生さん達に女性の月経周期の講義をする際には、「女性のからだというのは本質的に妊娠・出産するために好都合にできています。妊娠するために女性のからだには周期的変化が起こり、妊娠に至らないための残念な結果が‘月経’という名の性器出血です」と冒頭に話をするようにしています。尤も子宮というのは視床下部・下垂体・卵巣等のホルモン変化の標的臓器であっても、それ自体がホルモンを産生する訳ではありません。そのため子宮の喪失が、直接的に卵巣欠落症状である更年期障害につながることはありません。
それでも、女性にとって子宮はシンボル的存在であり、ある意味で卵巣より重要かもしれません。それは以下のような種々の理由に拠ります。
まず、第一に子宮の語源から考えてみましょう。女性は「子宮で考える」と表現されることがよくあります。これは子宮で胎児を育てるため、子孫繁栄のための種の保存本能から、子宮が男性を選別するための女性の直感の働きを比喩していると考えられます。英語の「woman’s reason」という表現は、「子宮で考える」と同様に、理屈ではない直感的・本能的な女性の好みを説明しているものだと思われます。
子宮は英語ではuterusと表現されますが、その由来は「山羊で作った大きな皮袋」を意味するuterであるとされています。当時、この皮袋はやぶどう酒を入れるのに使われました。動物の皮なので、目に見えない微細な孔があいており、そこから水やぶどう酒がにじみ出て蒸発するため、中身の液体が冷やされて都合が良かったようです
また、ギリシャ語で子宮のことをhysteraといいますが、これは、「後ろ側にある」を意味するhysterosに由来するとも言われます。専門的な話ですが、子宮全摘出術は英語でhysterectomyと表現されます。これなどには、子宮をhysteraと表現していた時代の名残があります。
突発的に興奮して感情的になる状態のことを「ヒステリー」といいますが、これは女性は子宮を持っているから「ヒステリー」を起こすと考えられ、hysteryという言葉が生まれたという話もあります。もちろん、女性だけがヒステリーを起こすわけではありませんのでこの考えは間違っています。(参考:ことばの雑学 『お袋と子宮とヒステリー』)
以上の表現は、女性の発想・直感にとっていかに子宮が大切な臓器であるかということを示唆しています。
子宮は妊娠にとって不可欠な臓器ですが、妊娠というのは、時折母児共に非常に危険な状態に陥れるものです。我々産婦人科医は、心底「やはり妊娠は怖い」と思う状況に、年に数件は遭遇します。
最近は未婚・或いは妊娠しない女性が多く、例えば30歳代後半から40歳代前半で子宮筋腫や子宮内膜症に悩まされる患者さんが増えてきました。その殆どの女性が、手術を受ける際には、子宮の温存を希望されます。癌でないのであれば、どれだけ過多月経や月経困難症に悩まされても女性のシンボルである子宮を喪失したくない、一般的に言って、子供が2人以上いてさらなる挙児希望がない女性でないと子宮摘出は希望されないものです。
ただ日本の女性が欧米諸国の女性と異なるのは、性交の有無が表面上問題とならない点にあります。日本の多くの女性は、閉経後や性交痛があるともう面倒で、性交を諦めてしまう傾向が強い気がします。欧米の女性の場合は、何歳になっても性交の継続を希望されるため、性交痛を改善するための治療法に積極的に取り組むし、ピルなどのホルモン補充療法も受けている方が殆どです。
日本女性にとって、あくまでも子宮は抽象的な意味でシンボル的存在です。それでも生殖医療をメインとしてきた私は、できるだけ子宮を温存したいという女性の願望を理解し、その希望に添えられるように日夜奮闘してきました。これからは女性の気持ちを理解し、子宮に優しい医療ができるように心掛けていきたいと思っています。

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